普通の主婦が旅人主婦と名乗るまで
Twitterで「旅人主婦」を名乗っていると「旅ばかりしてていいですね」とコメントをもらうことがあります。きっと裕福なご家庭の専業主婦が遊び暮らしていると思われたのかも知れません(笑)。
また、「一人で海外旅行って、英語しゃべれるんですか?!」「英文科卒なんですか?」というのもよく聞かれます。
結論からいいますと、私は高卒で、自分のパート代をコツコツ貯めて旅行代に充てています。
一年に一度、2週間だけ、20万円以内と決めて一人旅をしています。
1人旅を始めたのは40歳になった年。
その旅があまりにも刺激的だったために旅の魅力に取りつかれ、ほぼ毎年海外一人旅をして、51歳の現在までに17か国旅しました。
オリエンタルラジオの中田敦彦さんの「人は何者にでもなれる、いつからでも」という言葉が大好きです。一度きりの人生、「言い訳ばかりしてやらずに済ますより、思い切ってやってみよう」というのが私の信条です。
それでは、私が英語や海外に興味を持ったきっかけや、なぜ主婦になってから一人旅を始めたのかなど、私の旅の始まりについて書いていきます。
英語が好きな中学生だった
中学で初めて英語を習った時、なんて面白いんだろうと思いました。
中学2年くらいの時には、流行りの曲の英語の歌詞を自分で訳して英語の先生に見てもらったり、海外の学生と文通をするようになりました。
中学3年の時に教育実習に来たかわいい女性の先生が、英語の授業をされました。
「この人みたいな英語の先生になりたいな」という夢が出来ました。
高校は進学校に通い、英文科のある大学目指して勉強に励むある日、父が突然倒れて入院することになりました。
父子家庭だった我が家。
私たちの世話をしてくれていた祖母も同時期に倒れて入院することになったのが、高校3年の秋でした。
兄が家族を支え、私が家事と勉強を両立する中で、心配して様子を見に来てくれた親戚の叔母さんが放った言葉は今でも忘れられません。
「あんたまさか大学行くつもりじゃないでしょうね」
泣く泣く進学をあきらめ、地元のアパレル会社に就職。
25歳で結婚するころにはすっかり「夢」なんてことばすら頭の片隅にもなくなっていました。
英会話スクールでの希望と挫折
息子が小学生になり少し生活も落ち着いてきた36歳のころ、周りのママ友が習い事を始めたのをきっかけに、私ももう一度英語を勉強しなおしたいと思うようになり近所の英会話スクールに通うようになりました。
大好きな英語をまた始められたのは大きな喜びでした。
宿題が楽しくて仕方がない、レッスンで発言したくてうずうずする、、
ただ、英会話スクールに一度でも通われた方はわかると思うのですが、スクールに通ったから「英語が話せるようになる」というわけではありません。
60分のレッスンを週1回、月4回行っても、1か月間にたったの4時間のレッスンです。グループレッスンであれば1回のレッスンで自分が実際に話せるチャンスはほんの数回。話せるようになるなんてほど遠いです。
英語を上達させるには自宅で自分で練習するしかないのだと気付きました。
レッスンは自宅学習の確かめの場、またモチベーションをキープするための場なのだと思うことにしました。
しかし、「英会話の上達」を目標とする私と、「教室に来ること自体」が目的のレッスン仲間達。
温度差にジレンマを抱えるようになります。
気持ちは留学へと向かう
カルチャー教室的な英会話レッスンにジレンマを抱える日々。
そんな中ふと目についたのが「留学」の文字でした。
当時通っていた「シェーン英会話」という英国式英会話教室では、英国、カナダ、米国をはじめ世界中に拠点を持ち、学生に留学を斡旋していました。
最短のコースは2週間で、1か月、3か月、半年、1年など、たくさんのコースが用意されていました。
シェーンに通い始めた当初から留学の斡旋については知っていましたが、主婦の自分には関係ないこととして気にも留めていなかったのでした。
それがだんだん気になり始めて自分も行ってみたいと思うようになったのは、普段のレッスンで感じていた物足りなさに加え、大学へ行きたかった気持ち、英語の先生になりたかったという夢がもう一度よみがえってきて自分の中で大きく膨らんでいたからだと思います。
数か月悩んだ後、家族に気持ちを打ち明けました。
2週間のイギリスへの留学。
2週間でははっきり言って英語の上達なんて見込めません。それは承知の上。
そして何より、たった2週間とは言え小学生の息子を置いて母親の私が海外へ行くなんて。
最初は驚いていた主人も、「君がやりたいならやったらいいよ、僕たちのことは心配しないで」と言ってくれました。
当時小学4年生だった息子も「お母さん行ってきなよ!僕たちは二人で大丈夫」と背中を押してくれました。家族へは感謝しかありません。
主婦でありながら海外へ一人で行くということに、周りの反応は冷たいものでした。
ママ友からはあからさまに「何のために行くの?子どもはどうするの?信じられない」ということを言われました。
確かに。
「英語を極めて通訳者になろう」とか「何かの資格をとろう」とかそういったことがあったわけではありません。高卒という時点で、いくら英語のスキルを磨いてもこれから就職に役立つことはないように思われました。
ですがこの時の私は「英語で実際コミュニケーションをとってみたい」「広い世界を見てみたい」「この狭い日本から飛び出して、非日常を体験してみたい」という想いでいっぱいでした。
そして「他人の人生でなく自分の人生を生きたい」という強い思いが心の中にありました。
こうして2010年7月、家族に見送られて成田空港からイギリス、ヒースロー空港へと旅立ちました。
旅人主婦の、旅の始まりです。